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 『すとぱん!(前篇)』

────────────

 小さいころ、あの空の向こうにあるって信じてた。
 友だち、夢、名誉、恋、運命。
 その、全てが。

    ◇  ◆  ◇

 ここ数日では一番に眺めがよくて、絶好の飛行日和だった。

 水平視界は極めて良好。上空は蒼い空だけど、眼下には地平線まで真っ白な雲海が広がっている。おまけに上方やや左手から照り付ける太陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。これが観光旅行だったら雄大な景色に歓声のひとつも上げたいところだけど、残念ながら現在は作戦の真っ最中。とてもそんな不謹慎な真似はできない。

 高度34,000フィート。気温マイナス53℃。大気圧は地上の半分以下。魔法がなければ10秒と命を保っていられない、この成層圏という名の異世界。そんな天国と地獄の境目を、今日も私たちは音速のおよそ80パーセントという経済速度で飛んでいる。生身の身体にストライカーユニットを穿いて。

 本来なら私のエスコート役をつとめる澪先輩──本来の肩書は連合軍第615統合戦闘航空団所属、扶桑帝国空軍、秋山澪中尉なのだけど──の位置は、護衛対象である私より数マイル後ろが望ましいと扶桑空軍飛行操典には書かれている。だけど先輩はむしろ積極的にそれを無視していた。理由はただひとつ。まだまだ卵の殻をくっつけたような、このひよっこの私を少しでも安心させてやろう、という心温まる配慮にほかならない。

『エニワ02、エニワ01。エンジンの調子はどう?』
「こちらエニワ02。今の所は快調そのものです」
『了解。だけどもし、ほんの少しでも不安を感じたらすぐに引き返すんだ、いいな』
「わかりました」

 澪先輩にはエニワ01、私には02というコールサインが割り当てられていた。これは出撃するたびに変更される。もし毎回同じコールサインを使い続けていると、誰がどのくらい戦果を挙げているのかとか、あるいは今日は誰が出撃しているかとか、そういう個人情報がダダ漏れになってしまうからだ。

 ふと、改めて先行する澪先輩に目を向ける。先輩の穿いている三菱F-15Jストライカーユニットが、現在の扶桑空軍の主力戦闘飛行脚であることは今さら説明するまでもないだろう。中・短距離戦闘用の魔導弾を最大10発も搭載でき、さらに近接戦闘用の20ミリバルカン砲を右脚に埋め込む形で装着している。それでいて空中戦闘機動能力も各国のそれに決してひけを取らない。しかも最大武装を搭載した状態でも軽く音速を超えるスピードで飛行することができる。

 その性能はまさに空の王者と呼ぶにふさわしい。仮にも機械化航空歩兵を夢見た扶桑の人間なら、誰でも一度は憧れる機体だ。もっともくすんだ灰色に塗装されていているのがデザイン的にイマイチだけど、それはなるべく空に溶け込み、少しでも敵に発見される可能性を低くするための工夫である。こればっかりは仕方がない。

『チトセより各隊へ。作戦は予定通り発動。所定の計画に従い行動を開始せよ』

 今日はチトセと名乗っている、今回の作戦を指揮する空中管制機からの通信がインカムに響く。今回の目的は大陸深部から侵攻中の敵集団に対し阻止攻撃を実行すること。このため扶桑帝国に点在する基地群から、少なくとも百機以上のウィッチが参加している。さらそれを支える支援要員も含めると、おそらく万単位の人々が関わっているに違いない。

 もし一度でも敵の本土侵入を許したら、けっして広いとはいえないこの国の被害は極めて甚大なものになるだろう。勝つことまでは期待されていないが、決して負けることだけは許されない。

 二十世紀中ごろに突如として侵攻を開始した正体不明の敵、ネウロイ。それ以来、人類は世界のあちこちでそれこそ死に物狂いの抵抗を続けている。しかしかれこれ100年近くたっても決定的な勝利を収めるには至っていない。通常兵器はもとより核兵器もほとんど受け付けない敵に唯一対抗できるのは、こうしてストライカーユニットを身にまとった私たち魔女だけ。かなり控えめに見ても、人類の命運はかなりきわどいところでようやく繋ぎとめられているのだった。

 だけど物事にはいろいろな側面がある。この状況だって決して悪いことばかりじゃない。もしネウロイが攻めてこなかったら。もしくは簡単に撃退されてしまっていたら。きっと私はさして取りえもない普通の少女としての人生を送っていたに違いない。たとえば日々学校で退屈な授業を受けたり、休み時間には友だちとおしゃべりしたり、放課後には何か部活したり。ギターなんかわりと好きだから、ひょっとしてバンド活動に熱を上げているかもしれない。

 もちろんそれらは、どれもこれもバカバカしい妄想だ。
 しかしただひとつだけ、はっきりしてることがある。

 それは──。

『エニワ01、こちらチトセ。Xポイントまであと600秒。目標の動きは現在まで変化なし。送レ』
『エニワ01了解。こちらは問題なし。全て予定通り』

 はるか後方から私たちを見守る空中管制機と先輩の短い会話を耳にすることで、ようやく我に返った。念のためにHMD(ヘッドマウントディスプレイ)を一瞬だけ起動して、自分の周辺状況を確認する。データーリンクを通して送られてくる脅威情報を見る限り、近くにヤバそうな敵はいないみたい。

 もっとも今回の任務で目標とされている周辺には、すでに無数の敵と味方のシンボルマークで大混雑している。もしその一部でもこちらに向かってくるとかなり面倒だけど、あらかじめ私たちより先行してる別働隊が、それらの注意を惹きつける計画になっている。一見するとレトロ感ただようテレビゲームの画面みたいだけど、そこではウィッチたちの命を賭けた戦いが繰り広げられているのだ。私にできるのは黙って見つめていることだけ。頑張れ、負けるな、と願いつつ。

 それらを確認してから、再びHMDをオフにした。接敵予想時間にはまだ時間がある。少しでも電力を節約し、同時に敵に自らの存在を暴露する可能性はできるだけ低くしておかないと。それにしてもこのHMD、便利なのはいいんだけど、もうちょっと軽くできないものかなあ。長時間飛んでると、けっこう首にクるんだよね。

 そうこうしてるうちに、先輩から絶え間なく吐き出されるジェット噴流が、かすかに細く長い飛行機雲を発生させはじめた。それをかぶってしまわないよう、私はほんの少しだけ高度を下げる。すると必然的に、先輩の身体を下から見上げるような形になる。たとえば風になびく長くつややかな黒髪とか、ストライカーユニットからチラリと見える真っ白いフトモモとか、そして何よりも野暮ったい軍服の上からでもはっきりとわかる女性らしいシルエットとか──。

 と、その時。

『エニワ02、梓。ちゃんと空中警戒してる?』
「は、はい。すいません、先輩」
『何に気を取られてるか知らないけど、もう少し集中しような』
「了解です。気をつけます」

 全身から冷汗が吹き出し、同時に鳥肌が立つのを感じる。私より前を飛んでるのに、どうして澪先輩のこと見とれてるってわかっちゃうんだろう。ほんと、ベテランのウィッチって凄い。

    ◇  ◆  ◇

 それからしばらくの間、ふたりきりのデートを楽しんでると、再び先輩の声がインカムに響いた。

『エニワ02、Xポイントまであと120秒。よろしい?』
「はい先輩……じゃなくてエニワ01、了解です。これより充填作業開始します」
『ほんとに大丈夫なんだろうな。大切な任務なんだから、もっとしっかりしてくれよ』
「もちろんです、まかせてください」

 これまで飽きるほど繰り返してきた訓練の通りに、索敵レーダー、HMD、アーマメントコントロール等の起動スイッチを順番にオンしていく。敵に発見されるのを恐れてスタンバイ状態にしていた電子兵装が次々と息を吹き返す。少し遅れてHMDの右下に現在の兵装状況が表示される。

 RDY GUN
 RDY SWORD
 RDY AAM-Ⅴx2
 NG  AAM-Ⅳx4

 雑念を脇に置き、私は唯一NGになっていたAAM-Ⅳへの魔力の注入を開始した。黒猫──私の使い魔が苦しそうな声なき声を上げるのを感じる。心の中でごめんと謝りながらも、慎重に魔力を注入する作業だけはやめない。早すぎては魔導弾の弾頭が負荷に耐えられず、かといって遅すぎては時間がかかり過ぎ、敵に気づかれてしまう。

 私のストライカーユニット三菱F-2Cは本来、高機動格闘戦と大型魔導弾による一撃離脱戦の両方を主目的に開発されたマルチロール飛行脚だった。しかし現在に至ってもその開発は終了していない。新規に開発されたMB&H-F110魔導エンジンに、高機動時にストール──原因不明の突発的な停止──するという不具合が発見され、未だにそれが完全に対策し切れてないからだ。

 本来ならとても実戦配備など考えられないこの飛行脚を私が穿いている理由はいくつかあった。たとえば主力戦闘脚であるF-15Jの慢性的な不足や、それを使いこなすための私の力量がまだまだ足りないということもある。しかし最大の理由はAAM-Ⅳ大型魔導弾の早期の実戦投入が急務であり、そしてこれを運用できるのがF-2Cのもう一つの特徴だったからだ。

 近年ますます強大化する敵の中核部を大遠距離から一撃で叩ける大量破壊兵器、それがAAM-Ⅳだ。F-2Cはこれを最大4発搭載し、同時に運用する能力を付与されている。半年ほど前に行われた最初の実戦試験では、これまでF-15Jを集中運用することでようやく達成してきた成果を、たったの二発で実現してしまったのだ。中央の偉い人たちがこの大戦果を無視できるはずがなかった。

 そして残念ながら現在のF-15Jでは、様々な理由でAAM-Ⅳを搭載し運用することができない。私のようなひよっこウィッチが、先輩のような熟練ウィッチの指導の下でAAM-Ⅳを運用するという変則的な戦法が取られることになったのは、こうしたどこかコメディを思わせる経緯によるものだった。

 知らず知らずのうちに緊張していたらしい。かすかに震える右手を左手で押さえつける。

 そういえばあれは、初めての出撃のときだっけ。

 ブリーフィングルームで作戦の説明を聞いていた時、緊張でガチガチになっていた私の右手を、隣に座っていた澪先輩がそっと握りしめてくれた。それでようやく私にも気づくことができたのだ。先輩の手もまた、同じように震えていることに。

 ──何度飛んでもこれだけは慣れないな。
 ──ホント、困ったもんだよ。
 ──仮にも帝国空軍の軍人が、こんな風に怖気づいてるようじゃね。

 わずかに頬を染め、照れたように笑みを浮かべた澪先輩の顔は、まるで真夏の太陽みたいに眩しかった。それはもう、未だに夢にみるくらいの感動を覚えたものだ。

 もしあの時、先輩もまた私と同じような気持ちなのだと気づかされなかったら、緊張と恐怖に耐え切れず、その場を逃げ出していたかもしれない。まがりなりにもこうして人並みに与えられた任務をこなせるようになったのも、ひとえにあの時の先輩の優しさにほかならないのだった。いくら感謝しても、し過ぎということはないと信じている。

 仮にネウロイのいない平和な世界が存在していたとしたら。そこで私が生きていて、安穏な生活を送っていたとしても、それは半ば死んだも同然な人生にちがいない。だってその世界では、澪先輩と出会うことなどありえないのだから──。

 この戦争が起こったからこそ澪先輩と出会うことができた。だから私は、ネウロイが存在して人類に戦争を仕掛けてくれてよかった。このクソッたれな世界だって決して悪いことばかりじゃない。そう思うことだってあるのだ。さすがにこんなバカげた考えは、たとえカウンセラーにも話すわけにはいかないけど。

「それにしても、未だにSWORD──刀が標準装備っていうのは、正直どうなんでしょうね」
『仕方がないんじゃないか。規則というか、半分伝統みたいなものだし』

 少しでも自分の緊張をほぐそうと他愛ない会話を振ると、澪先輩は律儀にも乗ってきてくれた。

『なんせ最初に敵と遭遇したウィッチたちは、小銃と日本刀だけで白兵戦を挑んだっていうしね』
「それ、学校でも習いました。<扶桑海事変>ですよね」

 GUNや誘導弾が主戦兵器となった現在でも、未だに日本刀が装備に加えられているのは、その当時からの戦訓なのだという。GUNや誘導弾は弾切れという問題を常に抱えているが、日本刀であれば魔法力が維持されている限りいくらでも戦えるという理屈だ。そういうわけで、扶桑製のストライカーユニットには必ず日本刀が収められている。例えばF-2Cの場合だと左のすねのあたり。

「でもアレですね。私がそれを使うような事態だけは、あんまし考えたくないです。やっと剣道初段を取ったばかりなのに」
『そうだな。その点は私も似たようなものだよ』

 少しおどけたような先輩の言葉に、私たちは同時に小さな笑い声をあげた。ほんとうにたわいのないやり取りなのに、どうしてこんなにも楽しくて幸せな気分になれるのだろうか。

 それにしても我らが大先輩たちにはありったけの敬意と感謝を表したい。もし彼女たちの捨て身の活躍がなければ間違いなく人類はその時点で絶滅し、こうして私と澪先輩が並んで空を飛ぶという未来も存在しなかったに違いないのだから。



 やがて1分ほどして魔法の充填作業が終わり、すべてのAAM-Ⅳの表示ががNGからRDYに変わる。

「エニワ01、エニワ02。これより発射作業に入ります」
『エニワ01了解。頑張って』

 いつものやり取りなのに、先輩の『頑張って』のひとことにまたもやドキッとしてしまう。いやいや、今は任務に集中しなくては。

 魔力の充填状況を再確認してからAAM-Ⅳ誘導システムを起動。すべて問題なし。アーマメントコントローラよし。セフティロック解除。さらに念のために近接格闘戦用のドグファイトコントローラも起動。目視とHMDで周囲を確認。重大な脅威目標は存在せず。

 AAM-Ⅳの運用には重大な制約がある。大威力であるが故に、発射直前に膨大な魔力を注入しなければならず、しかも目標に命中するまでそれを誘導し続けなければならないのだ。だからもし発射準備から命中までの間に敵に攻撃されたら、黙って撃墜されるか、さもなければ任務を中断して逃げるしかない。そのためにエスコート役としてF-15Jがつけられているわけだ。

 そして秋山中尉だからこそ、すでに19機撃墜という実績を誇る澪先輩に守られているからこそ、私も安心して作業に没頭できるのだ。こうして魔導弾の準備から発射、さらに命中までの合わせて3分ほどの間、私は空中でただの的になり下がる。先輩に全てをゆだねて。

「エニワ01、エニワ02。これより発射する」
『エニワ01了解。健闘を祈る』

 短い返信と同時に、澪先輩が私の方に顔を向けで小さく左手を振って答えてくれた。ささいなことだけど、その心遣いがとてもうれしい。しかもその拍子に、澪先輩の頭に生えている長い純白のウサ耳までがちらりと見えた。ラッキー。これで攻撃成功は間違いなし。

 それにしてもホント、澪先輩のウサ耳は可愛いなあ。使い魔がウサギだからあたりまえなのだけど、澪先輩+ウサ耳の破壊力ときたらマジでハンパじゃない。他の先輩たちは、私の使い魔である黒猫のネコ耳のことをあれこれ褒めてくれるけど、正直どこに目をつけてるのかと言いたくなる。あの可憐なまでのカワイさがわからないなんて、まったくもって気の毒というか可哀想というか──。

 おっと、もうそんなアホなこと、考えてる場合じゃなかったんだっけ。現実逃避の思考を切り替える。右手にうっすらと浮かぶ汗を軍服のすそでぬぐい、改めてミサイル発射用のレリーズを握り直す。HMDに表示されている残り時間、わずかに10秒。

「3、2、1。ファイヤ!」

 左右の飛行脚に2発ずつ取り付けられていたAAM-Ⅳを順々に発射する。そのたびに身体に鈍いカツンという衝撃が走る。重量を失って跳ね上がりそうになる機体を懸命に操作する。機体から離れたAAM-Ⅳは一瞬だけ高度を下げ、それからかすかに白い煙を吐きながら再び高度を上げて、みるみるうちに加速していく。まもなく私たちが全速を出しても追い付けない極超音速に達するだろう。

 もちろんその光景に見とれているヒマはない。敵味方が乱戦を繰り広げている空域、さらのその向こうに居座っている敵の本体まで、魔導弾を確実に誘導しなければならないのだから。

『エニワ01、チトセ。敵小型機4、左下方より急速接近中』
『エニワ01了解、迎撃する』

 交信終了とほぼ同時に、澪先輩の飛行脚から中距離魔導弾AAM-Ⅲが4発同時に発射された。普通ならあれだけ大量の重量を失うと機体が浮き上がってしまうものだが、さすがは澪先輩、そんな気配は少しも感じさせない。いったい何年飛んでいればあんな機動を身に付けられるのだろうと思い、それから私と先輩の経験差がたったの1年しかないという事実に気づき、改めて慄然としてしまう。

 やがてHMD上で、AAM-Ⅲの軌跡と敵シンボルが交差する。

『2機撃墜、1機撃墜不確実。残り1機は依然進行中』
『了解、これより対応する』

 澪先輩が華麗にバレルロール。一瞬にして私の視界から姿を消す。もっともHMDが追尾しているから位置はきちんとつかんでいられる。もちろんその間にもAAM-Ⅳを制御することだけは忘れていない。目標まであと20秒。当たって。お願いだから。

 AAM-Ⅳが立て続けに命中するのと、澪先輩が生き残った1機を片づけるのは、ほぼ同時だった。これで別働隊と交戦していた敵部隊も撤退に移るか、さもなければエネルギー切れで自滅するだろう。少しだけ緊張が緩むのを自覚する。

『エニワ02、エニワ01。おめでとう、これで無事任──』

 その時だった。突然、朗らかな声の澪先輩の通信が途絶えたのは──。

(つづく)

 『すとぱん!(後編)』

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『エニワ01、澪先輩、どうしたんですかっ』
『エニワ02、チトセ。エニワ01は交戦中の模様』

 澪先輩の代わりに返ってきた返事は空中管制機からの冷たい声。まさか先輩の身に何かあったのか。だけどその一瞬の衝撃は、すぐさま論理的な思考で上書きされる。戦闘機乗りが持ち合わせる熱く冷徹な思考で。

 ──そっか、さっきの撃墜不確実機がまだ生きていて、澪先輩を攻撃してるんだ。

 気づいた瞬間、私は全魔力を飛行脚に叩き込む。魔導エンジンが吠える。そのまま一気にパワーダイブ。続いてレーダーレンジをスーパーサーチモードに切り替え集中走査。さらにECCM(対電子妨害システム)も作動。自動的に対抗手段を探る。管制機からでも見えない敵を科学の力で探す。私にとって科学も魔法も大した違いはない。ただの便利な道具。役に立ってさえくれれば、原理や仕組みはどうでもいい。

 やがてHMD上の澪先輩のシンボル、そのすぐ脇にもうひとつのシンボルが出現する。所属不明。味方ではない。すなわち敵。憎むべき私たちの敵。邪魔すんな。澪先輩のデートの相手はこの私だ。

 猛烈な加速に全身が軋む。ほんの10秒ほどで視界に澪先輩を捉える。予想通り敵小型機に背後を取られ、懸命に振り切ろうと激しい機動を繰り返している。こちらに残されているのはGUNと短距離戦闘用のAAM-Ⅴだけど、この状況では同士討ちの可能性がある。とても危なくて使えない。日本刀に至っては論外だ。

「チトセ、エニワ02。目視で確認。エニワ01は不明機と交戦中」
『エニワ02、チトセ。1分ほどで支援が到着する。そのまま待機せよ』

 1分。空中戦の1分。そんなの……永遠に等しいじゃないっ。

 奥歯をギリッと噛みしめる。バカ言ってんじゃないわよ。そんなの待ってらんない。

『梓、逃げろ。お前は高機動できないんだぞっ』

 苦しそうな澪先輩の声。だけど聞こえなかったことにする。ただちにドグファイトスイッチをオン。横転するようにダイブヨーイング。たちまち距離が詰まる。最大迎え角。ガンサイト・オープン。まだ有効射程外。それでもいい。これは威嚇だから。ここにも敵がいるぞと相手に教えるための。

 ろくに照準もせずGUNのトリガーを絞る。敵がブレイク。あっという間に残弾が減る。命中しない。当たらなくてもかわまない。1分、いや30秒でもかせげれば。まもなく援軍がやってくるのだから。

 そうすれば、少なくとも澪先輩は助かる。扶桑帝国とか、人類の運命とかどうでもいい。私には澪先輩が全て。先輩さえ無事でいてくれれば、他は何もいらない。

 だがひょっとしてどこかに被弾したのだろうか。澪先輩の機動がいつもより鈍い。このままでは再攻撃を受けるかもしれない。幸い敵と澪先輩の距離がほんの少しだけ開いた。機首を翻し、今度は私の方へと向かってくる。むしろ望むところ。これなら遠慮なく撃てる。CCS(セントラルコンピュータシステム)に攻撃支援を指示。防御魔方陣を展開しながらHMDに表示される最適攻撃位置へ戦闘機動。内臓が潰れそうな感覚。およそ8G、いや9Gか。

 初めての格闘戦。たちまち敵機が迫る。ぞっとする寒気。むき出しの敵意。やみくもなビーム攻撃。防御魔方陣で懸命に阻止。距離は目測でおよそ900フィート。ミサイルは近すぎる。GUNを選択。しかしHMDにFCS(射撃管制システム)から赤いエラー表示。相対速度が速すぎ、照準が間に合わないらしい。

 代わりにミサイル発射用のレリーズを絞る。だが発射されない。FCSが目標が近すぎ危険と判断しているのだ。攻撃の意思を伝えるため、構わずレリーズを絞り続ける。このためCCSが緊急事態と判断。FCSに介入する。AAM-Ⅴ、発射。

 飛行コース上で立て続けに閃光。とっさに左にスライド。危険半径から離脱する。間一髪で回避成功。激しい機動で目の前が暗くなる。気力でブラックアウトをはねのける。この状況で気絶してる余裕はない。回復した視界の端で敵機が爆発の中心に突入し、火を噴きながら空中分解するのが見えた。

 発射直後は母機を巻き込む危険があるためミサイルには安全装置が働いている。しかしおそらくそれとは独立に近接信管が作動。超至近距離で立て続けにAAM-Ⅴが炸裂したのだった。

「チトセ、エニワ02。脅威排除。これよりエニワ01の支援に向かう」
『チトセ了解。まもなくエリモ01、02が到着する。指示を受けろ』
「エニワ02了解」

 と、右足にガクンと衝撃を感じ、急に速度が落ちる。振り返って状況を確認するが、ざっと見た感じでは被弾した様子はない。しかしジェット噴射が停止してる。おそらくさっきの機動で右の魔導エンジンがストールしたのだ。半ば推力を失った私は石のように落下する。

『梓、大丈夫か、梓っ!』
「大丈夫です、右のエンジンがストールしただけです」

 悲鳴のような澪先輩の声につとめて冷静に応答する。身体をくの字に曲げ、ストライカーユニットの根元に手をかけてメンテナンス用ハッチをパージ。手探りでJMS(ジェットマジックスターター)を見つけて起動スイッチをひねる。1回。2回。3回目でようやく魔導エンジンが息を吹き返す。

 慎重にエンジンの回転数を上げながら澪先輩を探す。まもなくこちらに向かってさまようように飛んでくる先輩の姿が目に入った。

「先輩、大丈夫ですか!?」

 急いで近寄って状況を観察する。控え目に言っても酷いモノだった。左の飛行脚は被弾で半壊し、右側も傷だらけ。飛行服もあちこちズタズタで、どうしてこれで飛んでいられるのか不思議なくらい。だが澪先輩の目は、まだ死んでいなかった。

「中野少尉、歯を食いしばれっ」

 ──パンッ

 乾いた音が響き、一瞬遅れて右頬に鋭い痛みが走った。それでようやく平手打ちを喰らったという事実を認識する。たまに律先輩が悪ふざけがすぎてげんこつで殴られるのを見ることはある。だけどこの私が澪先輩から、それも平手打ちを喰らったのは初めてのことだった。

「私は逃げろ、と命令したはずだ。なぜそれを無視した」
「……すいません」
「私が聞きたいのは詫びの言葉じゃない。理由を聞いているんだ。答えろ、中野少尉」

 呆然と先輩を見つめ直す。まるで鬼のような形相で私を睨みつけていた。なにより私のことを名前でなく名字で、しかも階級付きで呼ぶことが、メチャクチャ怒ってる証拠だった。

「でもあのままじゃ、秋山中尉が……」
「お前を守るのが私の任務だ。その逆じゃない。まさか忘れたわけじゃないだろうな」
「それは……そうです」

 正論を吐かれては反論のしようがない。私にはうなだれることしかできなかった。

「たまたま敵を落とせたからよかったようなものの、もし戦闘中にストールしたらひとたまりもないんだぞ」

 やや声のトーンを落とし、諭すような口調で澪先輩が続ける。

「それに、もしもお前に万一のことがあったら……私はどうすれば、いいんだ……」
「……先輩?」

 顔を上げた私の目に映ったもの。それは身体中をぶるぶると震わせ、両目に涙を浮かべて私のコトを見つめる澪先輩の姿だった。

「お願いだから、二度と無茶しないでくれ。頼むよ。お前だけは失いたくないんだ」
「私だってそうですっ。先輩のいない世界で、私だけがおめおめと生きていたくなんかありませんっ!」
「梓……」

 思いがけない私の反撃に澪先輩が呆然となっていた。一瞬遅れで私も自分の発言の意味に気づいて愕然とする。勢い余ってとんでもないことを口走ってしまった。これじゃまるで、先輩に向かって告白してるみたいじゃない。

 いや待てよ。告、白……?

 ああ、そうか。私ってば、先輩のことが……。

『おーい、エニワ01、02。生きてっかー』
『平沢唯中尉と他一名、澪ちゃんとあずにゃん救援のため、ただ今かけつけましたよ~』
『他一名ってなんだよ。ちゃんと田井中律って名前があんだからな』
『あーそういえばそうでした~♪』

 ああ、もう。この能天気な会話を交わしながらやってくる人たちは。

『遅いぞ、律、唯。敵はもう梓が全部片づけちゃったから』
「なんだとー、敵の本体だけじゃ足りなくて、私たちの獲物まで横取りしたってのかっ!」

 そう言いながら律先輩は、私に向かってヘッドロックをかけてきた。器用にも空中でホバリングしながら。

「ちょ、やめてくださいよっ!」
「すごーい、あずにゃんサイコー!!」

 その上、今度は唯先輩まで抱き着いてくる。正直メチャクチャ重たいんですけど。

「ふたりとも、いい加減にしてください。またエンジンがストールしたらどうするんですかっ」

 っていうか、せっかくいい感じの会話の流れだったのに、全部ぶち壊し。あーあ。

「そっか、今日の梓は、敵の本体と小型機を撃墜してるんだよな」

 腹立ちまぎれに懸命に二人を引きはがそうとしていたら、いつの間にか涙を拭いていた澪先輩がそんなことを言い出した。

「そういえば、今まで何機落としてたんだっけ、梓は」
「ええと、今回の作戦が4回目ですから……」

 あれ、そうか。ひょっとしたら……。今までAAM-Ⅳで落とした敵が3機。今日さらに1機。それにさっきの1機も加えると合わせて……そう、5機だ。

 そして私たちの世界では、5機以上を撃墜したパイロットには特別な称号が与えられる決まりになっている。

「そういうこと」

 ようやく事の重大さを認識し始める。そうか、そうなんだ。身体中から喜びが湧き上がってくる。

「お前は我が第615統合戦闘航空団で11人目のエースというわけだ。おめでとう、撃墜王」

 そんな私に向かって、澪先輩はこれ以上ないという笑顔で祝福してくれたのだった。

「あ、ありがとうございます」
「でも、頼むから無茶はしないでくれよ。な?」
「はい」

 小さく頷きながら返事をする。頬が熱いのは、さっき引っぱたかれたせいばかりじゃない。恥ずかしくて、照れくさくて、嬉しいから。

 きっと今の私なら、成層圏どころか月までだって飛んで行けるに違いない。

「さーて、敵のデカブツもやっつけたことだし、そろそろ帰ろうぜ」
「そうそう、今日はハロウィンだし。きっと夕飯にはおっきなパンプキンケーキが」
「いやー、それ以前にハロウィンと言えば……?」
「「トリック・オア・トリート !!(お菓子をくれなきゃイタズラするぞー)」」

 何やら妙に盛り上がってしまった唯先輩と律先輩であった。もはや突っ込む気力も残っていない。私たち、ついさっきまで戦争してたはずなのになあ。

「さあ、そろそろ桜ヶ丘基地に戻ろうか。きっとみんな心配してるぞっ」

 そんな弛み切った空気を吹き飛ばすように、澪先輩がきっぱりと叫んだ。

「そうですね」
「賛成!」
「お腹空いた~」

 それぞれがそれぞれの感想を口にしながら、一路基地に向けて進路を取る。

 そうだ、帰ろう。ちょっとだけバカ騒ぎして、そしてシャワーを浴びて、ベッドに潜り込んで、それからさっき先輩に抱いてしまった気持ちのコト、ゆっくり考えよう。それも悪くない。

 なにせ考える時間はたっぷりあるんだ。

 そう、生きてさえいれば──。

    ◇  ◆  ◇

 小さいころ、あの空の向こうにあるって信じてた。
 友だち、夢、名誉、恋、運命。
 その、全てが。

 ようやく私は、その一歩を踏み出せたような気がする。

 大空を自由に飛べるようになって。

 友だちができて。
 先輩たちにも恵まれて。
 エースの称号も手に入れて。

 そして、私自身の運命に出会った。

 澪先輩。
 死んじゃだめですよ。
 絶対に生きて帰ってきてくださいね。

 だって先輩のハートを撃墜するのは、この私なんですから。

 絶対ですよ、先輩。

 ね、先輩──。



(おしまい)