SS46
まつ毛に風
3年生になる直前、私は自転車の後ろに唯を乗せて隣町の山沿いを走っていた。
春休みを無駄に過ごしていた私に唯が電話をかけてきて…
「春です。りっちゃん!サイクリングしよう。隣町の梅と桜を見に行こうよ」
「テレビでやってた場所か?自転車でってかなり遠いぞ」
「大丈夫。りっちゃん隊員の足なら自転車でもどこまでも行けるよ」
「唯隊員、もしかして…二人乗りで私がペダル担当なのか?」
「うん。自転車は私が用意するよ?」
「せっかくの休みなのになんでそんな過酷な事しなきゃならないんだ。私はパス。梓か憂ちゃんと行けよ」
「ええ~、さわちゃんが『高校生の夢』は自転車で二人乗りして女の子と出かけることって言ってたのに…」
「男子高校生だろそれ。私は女だっての。それに、二人乗りはダメだって習わなかったか?」
なんて断ろうと思ったけど結局OKしてしまって…
「良い風だね~りっちゃん!」
「隣町でも結構知らない所ってあるんだな。て言うか唯もペダルこげよ」
「帰りは私が頑張るから行はりっちゃんお願い」
「帰りはほとんど下り坂だろ!」
「…♪~~♪~~」
「それ何の曲だ?オリジナルか?」
「そうだよ。今の気持ちを鼻歌で表わしてみました」
「そっか。良い曲だな。あと少しで着くから飛ばすぞ~」
唯が楽しそうに鼻歌なんて歌うから、疲れなんて忘れて私はペダルを踏み続けた。
「ほえ~。綺麗だね。あっちも行ってみようよ!」
目的地に到着してから、唯は大はしゃぎだった。
憂ちゃんが作ってくれたお弁当を食べて、咲いたばかりの桜の花を見上げたり、散ってしまった梅の花を拾ったり。
「りっちゃん、写真撮ろうよ。ほらほら、ここに立って…行くよ~?」
交互にデジカメで記念写真を撮ったり。
楽しそうな唯を見ていたらあっという間に時間は過ぎて行って。
「唯、そろそろ帰るぞ?」
「え、まだ4時にもなってないよ?」
「あのなぁ、来るのに3時間以上かかったんだぞ?帰りは下り坂が多いけど2時間以上はかかるぞ」
「そっか。あんまり遅くなるとりっちゃんのお家の人も心配するよね」
「家は大丈夫だけど、憂ちゃんに夕方帰るって言ったんだろ?夕飯作って待っててくれてると思うぞ」
「そうだね。『お礼がしたいからりっちゃんを夕飯に誘って』って言ってた」
「いや、別にお礼は良いんだけどな。帰りも私がペダルだろうから、体力的に時間の余裕が欲しくてな」
「帰りは私が乗るよ。りっちゃんは後ろで休んでて」
ちょっと残念そうに笑った後、唯は私を後ろにのせて自転車を走らせはじめた。
後ろに乗っているのは楽なもので、行きは気にしなかった景色もなんだか綺麗に思えてくる。
「あれ?」
景色を気にしていたら。見た事無い場所を走っていた。
「止まれ唯!来る時ここ通ってないだろ?道間違えてないか?」
「え?でも、この坂を下りたら○○通りってかいてあるよ…」
自転車を停止させて周りを見てみると、終わりが見えないような下り坂と、遠回りになるはずの通りの名前が書かれた案内標識がそこにはあった。
「すげぇなこの坂…でも、○○通りだと遠回りだから引き返した方が早いぞ」
「りっちゃん、私この坂下りてみたい。この道から帰ろうよ」
「ダメダメ。○○通りからだと唯の家に着くのは夜になるだろ。憂ちゃんに怒られても知らないからな?」
「うぅ…りっちゃんも一緒に謝ってくれるよね?」
「お断りです。ほら、Uターンするぞ」
とばっちりはごめんと唯の背中をポンポン叩いてUターンするように言った。
「ごめんね…りっちゃん」
「別に怒ってないよ。疲れたなら私が変わってやろうか?」
急に唯が声のトーンが下がったので疲れたのかと思ったら…
「危ないからしっかり摑まっててね!」
「え!?待てゆ…」
最後まで言い終わる前に強い風に襲われた。
突然の猛スピードに、目を閉じて唯の背中に摑まっている事しかできなかった私が目を開けると。
「ごめんね。りっちゃん」
今日一番の笑顔をした唯の姿がそこにあった。
end