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ムギが一緒に海に行こうと誘ってきた。






それは唯と律が補講で不在のために
クーラーでよく冷えた、夏の、午後の部室でのこと。
梓も部室に来ないか?と誘ったけど、憂ちゃんたちと用事があるから来られないらしい。

カリカリとシャーペンの走る音が響いていた。
ムギとの勉強会は、律とよりもはかどるから好き。

澪「いきなりどうしたんだよ・・・・海なんて」

紬「なんでだろう?」

澪「いや・・・・私に聞かれても・・・・」

2人しかいないから、めずらしくむかいあわせで座っていた。
目の前にはムギのいれてくれたアイスティー。
溶けた氷が重力に逆らえずにカランっと音をたてる。

紬「だめかな?澪ちゃん」

澪「いや、・・・・ダメとは言ってないんだけど。・・・・勉強しなくて大丈夫、かな?」

紬「うーん、わからない」




そう言ってムギは悪気もなく、てへっと笑う。
そして、ストローでアイスティーの氷をからからからからと、かき回し始めた。
まわされている氷を見つめる。
なんでだか、懐かしい気持ちになる。


からからからから


・・・・音が涼しいな

氷から目を離さずに言った。

澪「私とムギはまぁ・・・・いいとして、唯と律が、さ」

私がそう言うと、ストローがピタっととまる。
それでも氷は慣性の法則にのっとって、ぐるぐる回り続ける。


からからからから


ん?っと思ってムギの顔を見た。

ムギも私の顔を見ていた。





紬「ちがうわ、澪ちゃん」

澪「なにが違うんだ?」

紬「私と澪ちゃんとで2人で行くの、海」

澪「・・・・えっ?2人?」

紬「そう、2人」

私の驚きには反応しないでムギはまた氷をまわしはじめた。
今度は頬杖をついて。


からからからから


ふと小さい頃のことを思い出した。




『黙ってないで、言葉にしなきゃ、他人は澪の考えてることわかってくれないんだぞ?』

パパの言葉がよみがえる。
わかってたよ。そういうのは幼い私でもわかってた。

でも、言葉にしなくて、買ってもらえなかったくまのお人形。

泣きべそをかいた私。
数日後に家にあったくまのお人形。パパの笑顔。
でも、本当にほしかったのは、もう人形じゃなくなってたんだ。

あのとき、人形がほしくて泣いたんじゃないんだ。

言葉にしなくても、わかってほしかったんだ・・・・私のこと。
それが出来なくて、悲しかったんだ。

それは簡単に「わがまま」という一言に収まってしまうものだけど・・・・。


目の前のムギに、小さい頃のあの日の私が重なった。





紬「・・・・」

澪「・・・・」


からからからから


澪「・・・・あ、あのさ、ムギっ」




  •  ・
  ・ ・
    ・ ・
      ・ ・
        ・ ・


ざざーんという音がして
風には潮のにおいが染み付いている。

私は結局、ムギと一緒に海に来た。

今は2人、砂の上で海を向き、私は体育座り。
ムギはなんていうのか、あの、足を崩した座り方。

夏の終わり、クラゲの海。
人は、私たち以外にいなかった。

澪「・・・・海だな、ムギ」

紬「うん・・・・海ね、澪ちゃん」




澪「いつも四方をコンクリートで囲まれてるからか、やっぱこう、開放感があるな」

紬「そうね。空もいつもよりとっても広くて、風の感じ方も全然違うわ」

ムギは、つばの広い帽子のしたで気持ちよさそうに目を細めた。

澪「そうだな。ちょっと、なんだか切なくなるな・・・・」

紬「切ない?」

澪「・・・・うん。夏がもう終わるから、かな・・・・?」

律に言ったら茶化して終わらされそうなこともムギは茶化さないで聞いてくれる。

紬「そっか・・・・。もう今年の夏も終わっちゃうのね」

澪「・・・・はやかったな。夏フェス行ったり・・・・みんなでパスポート取ったり・・・・」

紬「澪ちゃん、パスポートの写真、失敗したわよね、・・・・髪型」

そう言ってムギは、口を手で押さえてクスクスと笑う。
一瞬にして、私の頬が夏の暑さのせいとは言いがたい熱をもつ。




澪「あ、あれは・・・・そのっ!!大人っぽく写ろうとしてだなっ!!
  えっとっ、・・・・な、なんというかっ!!」

紬「はいはい、わかったから、澪ちゃん」

澪「う、うぅう~~~」

なんだか、ムギに軽くあしらわれてしまった。
そのままムギが聞いてくる。

紬「今日の髪型、なんでポニテ?」

ムギがももの上においていた右手を砂の上につき、こっちを見やった。

澪「あぁ・・・・、海って風が強いから。長いとバサバサして邪魔かなって思って・・・・
  からまったら後で大変だしな」

紬「たしかに。私そこまで頭が回らなかった。さすがね、澪ちゃん」

澪「いや・・・そんな言われることでもないと思うけどな。ムギだって帽子かぶってるじゃないか」

紬「うーん。でも、なんとなくかぶってきただけだから、意味なんてないし・・・・」

澪「べつに意味なんてなくてもいいんじゃないか?帽子、ムギに似合ってるし」




紬「似合ってる?」

澪「うん。似合ってるぞ」

紬「・・・・そっか。なら、かぶってきてよかった」

そういって、私を見てムギはニコっと笑った。

その笑顔は今日はじめてのムギの笑顔だった。
そろそろ、尋ねてもいいだろうか?


澪「なぁ、ムギ」

紬「なあに?澪ちゃん」

澪「・・・・今日、どうして私と海に来たかったんだ?」

紬「・・・・」

さっきの笑顔をムギはサッと消した。
砂浜に書いた絵が波であっけなくさらわれたみたいだった。



澪「あ・・・・言いたくなかったら、その、言わなくていいんだ」

左頬を無意識にさわっていた。
動揺したときの手持ち無沙汰感は異常だ。

澪「海に来れて、いい気分転換になったしな。・・・・でも、どうしても気になったから」

風に流されて顔にかかった髪をよかして、ムギが私を見た。


紬「澪ちゃんと、海を見たかったの」

澪「・・・・私と?なんで?」

紬「なんでだろう・・・・」

この会話は・・・・部室でのデジャヴ・・・・

なにか私に言いたいことでもあったのかと思ったけど、違ったんだろうか。


少し沈黙が続いた。
どっかで、かもめが鳴いていた。
いや、かもめかどうか知らないけど。



紬「・・・・ごめんね?」

ムギが口を開いた。

澪「なんで謝るんだ?」

紬「澪ちゃんに話せたらいいんだけど、どうしてもね、
  この胸の中の気持ちを言葉にできなくって・・・」

澪「・・・・言葉にできない?」

紬「うん。この気持ちがぴったり当てはまる気持ちが見つからないの」

澪「そっか・・・・」

紬「だから、ごめんね?こんなとこまで連れてきちゃって」

澪「いや、別にあやまることじゃないさ」

紬「なんだか、ふっと思っちゃったの。
  澪ちゃんと、一緒に海を見たらぴったりした言葉があてはまるかもって」

澪「・・・見つかったか?」

紬「ううん。全然。むしろもっとわからなくなってく・・・・」

澪「・・・・」




紬「でも・・・・なんとなく、わかってもらいたかったの、澪ちゃんに。
  夏の海を見て、一緒に居て。私のこの言葉にならない気持ちを・・・・」

澪「・・・・ムギ」

紬「言葉にしなくても・・・・わかってもらいたいなんて・・・わがままがすぎるわよね」

ムギは力なく笑う。

紬「・・・・夏って、楽しいけどちょっと寂しいね」

澪「ん・・・・」

紬「帰ろうか、澪ちゃん」

そう言って、ムギは立ち上がって服についた砂を払った。

私も何も言わず、立ち上がって砂を払う。
目が合う。

風の中で、ムギは優しく笑った。





帰りの電車の中でムギは私の肩に頭を乗っけて寝ていた。
いつも元気なムギの、もろい部分を見た気がした。
ムギだって、不安定なときがあるんだな、と私は改めて思う。

他の誰でもなく私だけにそれを見せてくれたムギに、なにかいえることはないんだろうか。
ちょっとだけ日に焼けた寝顔に語りかける。

澪「ムギ、言葉にならない気持ちをきっと、人は音楽で表すんだ」

なんかちょっと、違うかな?

澪「気持ちの全部を言葉で無理に表そうとしなくていいんだよ」

澪「・・・・」

澪「言葉はたまに・・・・気持ちを超えられないからさ・・・・」

澪「・・・・夏はもう終わるけど」

澪「また行こうな、海」

返事はなくて、スウスウという寝息だけが聞こえる。

いいんだ。とくに意味なんてないんだ。
私も、駅につくまで寝てしまおう。





  •  ・
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ムギとは駅で別れた。
よく眠れたのか、ムギはなんだかスッキリした顔をしていて、
それが少しだけ私の心をホッとさせた。

もう夕暮れ時で、西の空に大きな雲が集まって、
比べるものが多くなった太陽がその大きさを魅せつけてくる。

どこかでひぐらしが鳴っていて、何も失っていないはずなのに、変な喪失感。
ほんの少しだけヒリヒリする肌。
ほこりっぽい風の匂い。
後ろに長く伸びる1人分の影。
きれいな夕焼けのオレンジ。

この夕焼けを、ムギもどこかで見ているだろうか。
せめて、もう少し一緒にいればよかったな、と後悔する。




そう思ったとき、ケータイが鳴った。
律かと思ったけど、違った。


ムギ。


メールの受信を告げる音が鳴り止んだ後、メールを開く。
そのメールを見て、私はなんだか泣きそうになった。
私の近くを、夏のなまなるい風が通り抜ける。




ムギからのメールは文章はなくて、
ただ、夕焼けの写真が1枚。

グっとこらえて、ほぅ、とため息をついた。

うん、わかったよ、ムギ。
ちゃんと、ムギの言いたいことは伝わったよ。

写真を見た瞬間のこの気持ちを私は、言葉じゃ、あらわせないけど。
たぶん、きっとおんなじきもちだ。

返事として、ここから見える夕焼けを送った。もちろん文章はなし。
ムギへメールが送られたのを確認して、私はケータイを閉じた。



おわり