SS53
ボタン
りっちゃんと喧嘩して家を飛び出した。
実家に帰って荷物を整理していたら、懐かしいブラウスを見つけた。
あれは、高校三年生の雨の降った日の事。
「唯、ボタンとれかけてたぞ」
「付けてくれたの?」
「うん」
「もったいなくて着れない!」
「いゃ~」
りっちゃんはチマチマしたことが苦手だけど、ボタン付けだけは上手いって澪ちゃんが言ってたっけ。
りっちゃんが付けてくれたボタンはまたとれかかっていて、他とは少しだけ違う色の糸が見えていた。
「もう10年になるんだ。何かあっという間だった気がするよ」
あの時はさわちゃん先生が”1年て短い”って言ってた意味が解らなかったけど、10年も過ごしてみてやっと解った気がする。
「お姉ちゃん、律さんから電話だよ?」
「居ないって言って!私はロンドンとかに行ったことにして!」
ダメダメ、ちょっと思い出に浸ってしまって喧嘩したばかりなのにりっちゃんの声が聴きたくなってしまった。
こういう所も喧嘩の原因の一つだと思う。私ばっかりっちゃんの事好きみたいでイライラする。
「お姉ちゃん、律さん泣いてたよ。帰らなくていいの?」
「知らないよ。りっちゃんとは別れるんだから…」
「唯先輩、律先輩の事あんなに好きって言ってたのに…」
久しぶりに憂の作ってくれたご飯を食べて、まったりと夜を過ごしていたら案の定詰問された。
憂だけじゃなくて憂の彼女の純ちゃんも居てスピーカーでりっちゃんりっちゃん言われる。
「好きって言ってるだけじゃ何にもならないんだよ。憂と純ちゃんも気をつけてね」
私は捨て台詞をはいてこれ以上は御免と整理した自室に駆けこんだ。
りっちゃんの一番になれてない時は何回も好きって言えたのに、一番になったら好きって言葉だけじゃ不安で…その言葉が私の心の痛みみたいで。
「どうかしてるよ。憂と純ちゃんに嫉妬しちゃうなんて」
ベッドに倒れこんで頭をゴツンゴツンと打ちつけても”モヤモヤ”が消えなくて苦しい。
涙を拭うために手にしたのはさっきのブラウスで、とれかかっているボタンがりっちゃんのように思えて余計に涙が溢れ出した。
―――――
「ごめんね純ちゃん…お姉ちゃん拗ねてるみたいで、悪気はないと思うんだ」
「別に良いよ。だいたい私達ってあんまりお互いの事好きって言わないし」
「むっ…私は純ちゃんのこと愛してるよ!」
「うん。愛されてるよ。まったく、憂も唯先輩もかわいいね」
「もう、純ちゃんなんか知らない!」
「はは、私は別に良いけど…憂は平気なの?誰か私の代わりが居るの?」
「…居ないよ」
「憂も唯先輩も、えっちの時以外は本当に尻に敷かれてるよね。明日あたり唯先輩も”別れたくない”なんて泣いて律先輩に謝るんじゃないの?」
「そうだね」
end