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ジリリリリ……

目覚まし時計の音がけたたましく鳴り響く。

「う~、ん……」

布団から手だけを出して、手探り目覚ましを探す。

ジリリリリ……

「うるさいなあ……」



カチッ

目覚ましのボタンに手が触れる。先ほどまで部屋中に響いていた音がピタリと止む。

「あ~…」

近頃寒くなってきたせいか、布団から出るのが億劫だ。

「そういえば、今日一限目あったっけ…」

布団の中、半分眠ったままの頭で今日のスケジュールを捻り出す。

一限目にフランス文化論の講義。今日は…私には当たらないな。
二限目…は、語学だっけ。あー…予習は、し…てる。
三…限目……

ここまで考え、思考が途切れる。

…………



ガバッ!!

不意に布団をのける。今、何時!?
時計を確認する。

現在の時刻、7時43分。
目覚ましが鳴ってから、既に40分以上が経過している。

「あー、寝坊した!!」



「あら、おはよう。今日は遅かったのね。」

ママ…もとい、お母さんがのんびりした様子で、居間で私を出迎える。

「ごめん、今日寝坊しちゃったから朝ごはん食べずに出る。」

私はそれだけ一方的にまくしたて、洗面所に向かう。
鏡の前、歯を磨きながら学校に行くまでをシミュレートする。

「講義の準備は既にしてあるから…とりあえず身だしなみか。」

心の中で呟きながら、チラリ洗面所にある時計を見る。



「化粧とか…してる時間ないな。まあ別にいいや。」

高校生時代はまったく気にしたことは無かったが、大学で出来た友人の影響で
少しだけ化粧を覚えた。といっても、あまり塗りたくるような趣味は無く、いつも
軽めで済ませているが。だが、今日はそんな時間もありそうにない。

歯を磨き終え、、駆け足で階段を駆け上がる。

「こんなことなら昨日早く帰れば良かったな。」

準備の異常な慌しさに、私は昨日遅くまで唯の家に入り浸っていたことを後悔する。
昨晩、私は律と唯と3人で遅くまで遊んでいた。唯の家で。結局、律が引っ張りに
引っ張るから、私は今日一限目があるにも関わらず終電で帰る羽目になった。

「はあ…」

とは言え、私も時間を忘れてしまっていたというのが本当の所だけど。



「行って来ますっ!」

さっさと最低限の身だしなみを整え、足早に家を出る。急げば、一限目は十分間に合う。
私は、駆け足で駅に向かった。駅までの距離はそう遠くない。でも、電車の時間は差し
迫っている。

「く~…」

腕時計に一瞬目を落とし、走るスピードを少し速める。目当ての電車に間に合わなければ
一限目にはおそらく数分遅れる。たかが数分と言いたいところだが、講義が始まり静かに
なった教室にこっそりと入ることは、私にとっては拷問だ。なにせ、静まり返った教室で
ドアが開く音は非常によく響く。その音につられ、幾人かの視線が一斉にドアに向けられるのだ。
私には、あの視線に耐えられる自信などない。

故に、私は走る。すれ違う人たちか変な視線を浴びせられてるかもしれないけど、
講義に出られない不利益と天秤に掛けるとやはりここは走らざるを得ない。

「間に合え…間に合え……」

心の中で呟きつつ、足を動かす。そこの角を曲がれば駅はすぐだ…!
私はそこで、一気にラストスパートを掛けた。



「はあ…はあ…」

何とか電車に間に合った。私は息を切らしながら、電車のドアにもたれ掛かる。額からは
汗が垂れており、全力疾走のせいで髪は乱れている。傍から見れば、相当見苦しい姿なんだ
ろうな、と思う。それでも、まだ汗を拭う余裕も無く、ただ息を整える。

そう言えば、最近電車のクーラーが止まった。肌寒い季節になってきたのでもはや掛ける
ような理由も無いのだが、私は今日ばかりはクーラーが停止したことを恨んだ。電車内は
中途半端に暑いような状態、今の私には非常に辛い。

とりあえず、少し落ち着いた。汗を拭おうと、カバンの中からハンカチを……ない。
急いでいたから忘れてしまった……

私の顔面からは、今絶え間なく汗が流れ出している。
しかし、それを拭うハンカチは私の手元に存在していない。

となると……袖?
いやいや…私だって女の子なんだ。袖で拭うなんて……

…キョロキョロと辺りを見回す。多分、今なら、誰の、視線も、無い。

「……はあ、今日は厄日かな。」

私はぐいっと汗を拭い、思った。



一息ついて、携帯電話を取り出す。メールが二件入っている。


From 律  10/19 6:42
 おっはよー、起きてるー?
 私、帰ってから徹ゲーしちったから眠い。
 今日休むわー。


律…お前という奴は……。

私は知っている。今日、律は講義が三限目しかないことを。そして、その講義は出席を
とらない、レポートのみの楽々単位講義であることを。

「要領のいい奴…」

羨ましい限りだ。私だって、もう少し肩の力を抜いて生きたいよ。

とりあえず、「わかった」とだけメールを返しておこう。



もう1通はムギからだった。昨日、帰りの電車の中でメールを送ったんだ。
新曲のことでちょっと話がしたいから昼休み会えないか、と。


From ムギ  10/19 7:13
 おはよう澪ちゃん。返事遅れてごめんなさい。
 お話の件、了解です。お昼休みに食堂前で待ち合わせしましょう♪


私は「ありがとう。二限目終わったらすぐ行くよ。」と返事を返す。

ムギは大学に入ってから凄く忙しそうだ。毎日たくさんの講義を受けていて、特に
経営学関係の講義は軒並み受けている。今はバイトもしておらず、予定が無いときは
日が暮れるまで学校で勉強しているらしい。

「昨日も父親の用事だって言ってたし…やっぱり大変なんだな、家のこととか。」

少しだけ親友が遠いところにいるように感じられて淋しい気分になる。
でも、ほぼ毎日あってわけだしバンドの練習は絶対に顔を出す。本当に遠い
わけじゃないんだ。自分に言い聞かせる。



「あと、唯は……」

私は、もう1人の親友のことを思い出す。今は1人暮らしをしている唯。しかし
相変わらず朝は弱いらしく、学校近くに住んでいるにも関わらず一限目の講義は
大体休む。自分でもその傾向を理解したらしく、最近は一限目の講義はほとんど
受けていない。必修講義がある時には、皆でメール・電話攻撃をして起こす。

ちなみに、今日の唯の履修講義は律と同じく三限目のみ。

絶対まだ寝てるだろうから、メールも何も送らず携帯を閉じる。

「今日は唯も学校には来ないだろうな。」

思わず苦笑する。

まあでも、唯らしいな。大学に入っても何一つ変わらない友に少し安心する。



私たち4人は同じ大学に入った。だけど、基本的に大学は自己責任で高校よりも遥かに
自由だった。高校時代は同じ教室で毎日のように顔を合わせていたが、大学に入って
からは講義ごとにバラけることが多くなった。大学に入ってから出来た友人もいるし、
別に皆と離れて淋しいわけじゃない。でも、一つ。どうしても拭いきれない思いがある。

「なんか…退屈だな……」

高校時代は、毎日周りが賑やかだった。大人しくしていても、皆が同じ空間に押し込め
られることで、楽しみや嬉しさを共有できた。いわば、押し付けがましい「楽しみ」だ
ったのかもしれないが、それは引っ込み思案な私には有難かった。

でも、大学のにおける「自己責任において自由」という在り方は、私にとってはまだ馴染め
ないものだ。律や唯なんかは結構勝手にやってるし、ムギは勉強という方向性で頑張っている。
でも、私はいまひとつ方向性をつかめない。

結果、日々がつまらなく感じられる。特に、皆に会わない日には。

「…まあ、暗くなっても仕方ないか。今日はムギに会うし。」

言い聞かせるように、自分を元気付ける。でも……

「やっぱ、退屈…だな。」

そう思わずにはいられなかった。



午前中の講義はあっという間に過ぎた。一限目は少しウトウトしてヤバかったが何とか
乗り切った。二限目が終わると同時に私は急いで荷物をまとめ、食堂に向かう。

「澪ちゃ~ん!」

食堂前に着くと、ムギは既にそこで待っていた。

「ごめん、待った?」

と、つい恋人みたいなことを口にする。ムギはクスクスと笑いながら、今来たところよ、と
これまたお決まりの言葉を返す。

「とりあえず、ご飯食べよう?」

私たちは、混み合いつつある食堂に足を踏み入れ席をキープしに走った。



澪「……て感じじゃないかと思うんだ。」

紬「そうね…じゃあ……」

話し合いは思いのほかスムーズに進んだ。まあ、ちょっとした確認みたいなものだったし
長引くものではないとは思ってた。本題が終わり、話題は自然と最近の大学生活のことになる。

学内で顔を合わす機会も少しずつ減りつつあり、学生生活の仕方も四者四様となった。
お互いの話は高校時代のそれより新鮮だった。律の合コン失敗談なんかは腹を抱えて
笑ったし、ムギが図書館の書庫で迷子になったなんて話もあった。唯にいたっては、一人
暮らしということあり、特に話題は豊富だ。ゴキブリと格闘した話とか、宗教勧誘のおばさん
と話し込んだというエピソードとか。それに比べて、私の学生生活って……

澪「はあ…」

思わずため息が出てしまう。と同時に、あっと思う。テーブルの向かいではムギがキョトン
とした顔で座っている。この子は、こういうところに鋭いんだよな…

紬「澪ちゃん…何か悩みでもある?」

と、やっぱり来たよ。でも、あまり心配掛けるわけにもいかないしなあ……
私は、この大学生活におけるちょっとした悩みを打ち明けることにした。



紬「へえ、そうなの…」

ムギは意外そうな顔をしている。

澪「うん。つまらない、てワケじゃないんだけどな……」

私は今感じていることを包み隠さず述べた。もしかしたら、何か打開策が見つかる
かもしれないし、何かヒントをもらえるかもしれない。

紬「……」

ムギは何か顎に手を当て、真剣な顔で何か考えている。もしかして、私のために
一生懸命考えてくれているのか。少し、ジーンとする。

紬「澪ちゃん。」

澪「な、何?」

ムギが口を開き、私はつい身構える。

紬「……」

澪「……」

紬「…ソフトクリーム食べたいから、ちょっと買ってくる。」


ガクッ。

想像の何歩も上を行かれた発言に、頭がガクンと落ちた。期待した私がバカだった。



紬「う~ん、おいしい~。」

ムギが幸せそうにソフトクリームを口にする。私のさっきまでの緊張はなんだったんだ…

澪「で、澪ちゃん。さっきの話だけどね~」

先ほどとは全く違う軽い口調で、今度は話し始める。

紬「私にはわからないわ。」

ああ…やっぱりそうか。期待なんてするもんじゃないな、と私は思う。

紬「でもね、澪ちゃん。」

澪「ん?」

紬「とりあえずちょっと肩の力抜いて、自分のしたいことをしてみたらどうかな?」

澪「…したいこと。」

それがいまひとつわからないから悩んでるんだが……



紬「そう。それも、何か大仰なことじゃなくて。小さいことでも。」

澪「小さいこと?」

紬「そう!例えば……」

ムギは手にしていた残りわずかなソフトクリームを一気に口の中に放り込んだ。
そして、口に残ったそれをかみ締めるような仕草を見せる。

紬「私は今、ソフトクリームを食べた。食べたくなったから。」

澪「うん。」

紬「それだけ。」

澪「うん…て、え?」

小さい!小さすぎる!!
流石にそんなことで私の悩みが一気に吹き飛ぶとは思えないんだが。



紬「今、小さいって思ったでしょ?」

澪「…うん。」

紬「でも、何も見えない状況じゃいきなり大きな目標は見えないものよ。
  だから、小さいことからコツコツと、てのもアリだと思うの。」

澪「小さいこと、か。」

まあ、確かに最近は結構決まりきった日々だからなあ。言い換えれば、安定はしている。
その安定を、いきなり大きく崩すのも抵抗があるし……

紬「そう!そうすれば、また違った何かが見えてくるかもしれないわ!」

澪「うん…あ、ところでムギ。」

紬「何?」

澪「例えばだけど。今ソフトクリーム食べて…何か変わった?」

普通に考えれば、何か変わるなんてことはないだろうけど、私は何故かムギの言葉に
得体の知れない期待を持っていた。何か、答えてくれるはずだと。



紬「そうね。食堂のソフトクリームは美味しい、てことがわかったわ。」

澪「うん。」

紬「これって…日々の楽しみの一つになるかもしれないでしょ?」

澪「…うん。」

紬「その程度のことだけど…私にとっては意義のある、新しいことよ。」

澪「……うん。」

紬「以上!でも、こういうの人それぞれだから。澪ちゃんも頑張って見つけてね!」

昼休みも終わりかけの頃合、私はムギと別れた。今日は一緒の講義はない。
私は、カバンの中から手帳を取りだし眺める。何か新しいことか……

…ふと私は思いついた。今の自分を少し変えるようなことを。

……帰ろう。三限と四限をさぼって。今日は、帰ろう。



「サボっちゃったよ私。律に言いくるめられたわけでもないのに。」

帰りの駅のホームにて、私は何か言い知れないような気分だった。初めてのことだった。
自分で言うのも何だけど、私は真面目なほうだ。どんな楽な講義もサボったことがない。
それを今…

「…でも、結局やることはないんだよな。」

サボるまでは良かった。しかし、その先が何も思いつかない。
折角時間はあるんだ。ゆっくり考えようか。

ふと、空を見上げる。

晴れ渡る青い空に、流れる雲。上空は風が強いのか、その速さに少し驚く。

「そういえば、もうすっかり秋なんだよなあ。」

季節は流れている。でも、私の心は高校時代の楽しさに囚われたまま。
卒業した頃に、心だけ置いていかれている。そんな気がする。



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ガラガラの車内。私は適当な席に腰を掛ける。

「日々は過ぎていく。体は年を取り、私は心だけ成長しないまま、て感じかな。」

自分の現状を、悲観的な言葉にして呟く。


ガタン ゴトン


……


ガタン ゴトン


……空しい。


「…降りよう、か。」

私は家の最寄り駅の一つ前の駅で下車することにした。ここからだと、歩いて帰るにも
距離は長くないし、何より繁華街を通ることが出来る。暇つぶしには最適だ。



繁華街は平日昼ということあって、いつも通るときよりは盛り上がりに欠ける。

「新しい発見かあ…何か面白そうなこと、ないかな?」

思えば、ここに繰り出すときはいつも誰かと一緒だった。家族であったり、律であったり
また別の仲間であったり。

「でも、ここも歩ききった感があるよなあ…ん、あれは……。」

ふと、変わったものが目に入る。雑貨屋さんだろうか、何かちょっと不気味な感じの
飾りつけを施そうとしている。

「オレンジと紫のライト、それにカボチャ…あ、ハロウィンか。」

一人、私は納得する。今彼は、まさにハロウィンに向けた飾りつけを行っているのだ。
なんか、やるには既に遅めな気もするけど。

「…そういえば、この繁華街もクリスマスなんかになると派手な飾り付けが増えるんだよな。」



子どもの頃、クリスマス近くになると親におねだりしてよくここに買い物に連れてきてもら
った。中学生・高校生になってからはよく律を買い物にいった。

「去年は行けなかったから、今年はまた来れるかな。」

子どもの頃から自分の心を捉えて離さなかった、この通りのイルミネーション。
今年はまた見よう。年末の楽しみの一つだな。

クリスマスと言えばロマンチックな雰囲気、愛しい人と二人で…て。
そう言えば私もいい年だよな。か、彼氏とかそろそろ……
うーん、やっぱまだ無理!恋愛への憧れはあるんだけど、なんだかなー。

それはそのうち、かな。いつになるかなるかわからないけど。



早いもので、気が付くと繁華街の端に来ていた。随分すんなり歩ききった。

「これで、本格的にやることはないな。」

帰ろう。私は、帰途に着くことにした。

帰っても時間余るし、なんかDVDでも借りていこうかな。
最近、映画とか見てなかったし。そうだ、とりあえず見たいものを見よう。

私は、また空を見上げる。
いつの間にか雲は遠くに流されたのか。そこには、青空が広がっていた。



<夜>

Prrrrrr…
携帯電話の音が鳴り響く。メールが来たみたいだ。律からだ。


From 律  10/19 23:48
 今日、何か面白いことあった?


…何かまるで、私の心を見透かしたようなメールだな。
私は即座に返事を返す。


To 律
 別に。何も無い退屈な一日だったよ。
 明日は学校に来いよ。


退屈な一日……朝寝坊から始まって、電車での失態。ムギと話して、講義をサボる。
適当に町を練り歩き、家に帰ってからは昼寝したり、借りてきたDVDなんかを見たり。



これだけあっても、結局退屈な一日か…何か少し自分が嫌になるな。

でも、ほんの少しだけど自分の中で何かが変わった。いや、変わったような気がする。
ほんのちょっとでも、明るい予感を持ってみようかなと思えるようになった、気がする。

つまらない一日。退屈な日々。そうかもしれない
でも、今日胸にした一つの思いを持って、願ってみたいと思う。

明日は。明日が駄目なら、その次の日でもいい。それで駄目なら、その次の日にでも。

「何かいいこと、ありますように。」

私は携帯電話を放り投げ、布団に潜り込んだ。



終わり

元ネタ:The gardens / touchez du bois ―いいことありますように―