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SS1「唯ー、ちゅーしようぜ」

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匿名ユーザー

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SS1


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「唯ー、ちゅーしようぜ」

澪もムギも掃除当番だっていうから、唯と二人で部室に向かっていた。
ふと昼休みのときのことを思い出して、いってみた。

軽音部のことでさわちゃんに呼び出されたのが、正に「いただきまーす」っていうやいなや、購買で買ったパンにかぶりつこうとしていたとき。昼時に放送で呼び出すなよ、全く。

「律、いくのか」
「あー、しょうがねーじゃん。いかないと後でぐちぐちいわれるだろうし」

澪を筆頭に、みんなからご愁傷様です、って目で見られた。

「りっちゃん、食べるのまってるから、早く戻って来てね」
「お、やさしーじゃん唯~このこの」

唯に軽くチョークをきめると、くすぐったそうに身をよじった。
唯とは高校で知り合ったけれど、ずっと前から一緒にいたみたいに気があって、飽きない。
なんか、今までにいないタイプなんだよな、ほっとけないっていうかかわいいというか、あほというか。
ともかく、唯は、いいやつなんだ。

さわちゃんの魔の手から何とか抜け出して、教室に戻ろうと思ったとき、どこかから息づかいがした。
なんだ?って音のする方を見ると、階段の踊り場の影で、二人の生徒がいた。知らない顔だったから、別のクラスか、下級生かな。普段私が、唯にチョークをきめるときぐらいに、顔が、体の距離が近い。というか、密着してる!?
その瞬間、二人の唇が、くっついて離れた。と思ったら、またくっついて、離れて。
それを数回繰り返すと、お互いに目を合わせて、くすくす笑っていた。
唖然とした。体が固まって、動けなかった。何か、見てはいけないものを見たような気がした。数秒たって、そういえば唯を待たせてるんだった、って思い出して、ダッシュで教室に向かった。

唯は言葉どおり、食べずに待っていてくれた。遅いよーりっちゃん、ってすねてはいたが。
澪たちは待ちきれずに食べ終わったらしい。まあ、だいぶ時間がかかったからな。
そこで、さっきのことを思い出してしまった。あれは、何だ。いや、分かるけど。ムギがその場にいたら、発狂してたな、きっと。
キスって、なんかもっと神聖なものだと思っていたから。あんな風に、微笑みあってしちゃうものなんだ。それも、女同士で。
ふと、憂ちゃんお手製の弁当をほおばる唯が目に入った。そうだ、普段唯とじゃれているのと変わらない感じだった。じゃああれは、ちょっと過剰なスキンシップだったのか?
悶々としている私を、唯は何回か「大丈夫?」と聞いてきたが、「なんでもないよ」といっておいた。

隣で鼻歌を歌う唯と一緒に、部活へと向かった。昼休みのことは、すでに忘れていたのに。
階段を上ったとき、さっきの光景がフラッシュバックした。
確か、この踊り場だった。
自分でも、何でそんな言葉が出たのか分からない。でも、気づいたら口に出していた。
「唯―ちゅーしようぜー」

「へっ…?」

唯が鼻歌をやめて、私の方を見て固まった。あ、あれ?外した?

「り、りっちゃん、ちゅーって……」
「え、あ、いやだから、ちゅーだよ、ちゅー。スキンシップ!」
「す、すきん…?」

唯は、困惑しきった表情で私を見ていた。え、唯ならのってくれると思ったのに。ひょっとして、私が見たような、あんなキスを知らないのかな。スキンシップだって。友達同士の。すると、唯の頬が、うっすらと桜色に染まった。不覚にも、可愛いって思った。

「…あー、唯は知らないのかな?ちゅーを」
「し、知ってるもん!ちゅ、ちゅーくらい」

今度は真っ赤になった。ああもう、こいつってば飽きないな。じっとみていると、唯はうつむいて、うー、うー、とうなった。
こんなに困っている唯を、初めて見た。こんなに真っ赤な唯を、初めて見た。なんだか困らせているのがかわいそうになってきて、安心させるように、唯の肩にぽんと手を置いた。唯が、真っ赤なまま見上げた。

「ごめんな、唯はスキンシップ苦手かー、わるい、わるい」
「え、え」
「よっし、いいや、まあ部室行こうぜ、早いとこ」

なんか、私も照れくさくなって。前に向こうとしたら、唯の肩に置いていた手に、温かい何かが重なった。驚いて振り向くと、唯がうつむいたまま、私の手の上に自分の手を添えていた。

「ゆ、唯ー?」
「……よ」

唯らしくもなくぼそっと何かいったけど、聞こえなかった。

「え、何?」
「……ちゅー、しようよ」

一瞬、時間が止まった気がした。

「え、いいの?」

聞くと、唯はこくりと頷いた。
とくん、と私の中で何かが跳ねたが…いや、気のせいだ。それよりも、ちゅー、だ。
よ、よし。まず、今唯とつながってるこの手は唯の肩に置いたまんまでいいよな。
そのまま、顔を近づけて、ちゅっちゅって何回かするんだよな。
ゆっくり近づけると、唯が見上げた。きれいな、大きい目。
引き寄せられるように、唇を触れ合わせた。
離す。唯が、息をついだ。くっついて、また離す。くっついて、離して…
ちゅっ、ちゅっ、という音だけが、聞こえていた。

思っていたよりも気持ちよくて。あの昼休みの二人が、何度も唇を重ねていたわけがよく分かった。
唯が私の手をぎゅっと握るのを感じて、ああ、そろそろ頃合かな、と思ってようやく唇を離した。
うん、それで、なんか笑いあうんだよな。よし。
唯は、息を整えていた。

「唯―、大丈夫か?」
「う、うん…」
「ふふふ、けっこうちゅーしたな?」

唯に笑いかけたけど、唯はあまり反応しなかった。
あれ。お互い、笑いあえるはずなのに。くすくすって、微笑みあえるはずなのに。
戸惑っていると、唯が、りっちゃん、って声をかけてきた。

「どうして、ちゅー、しようとおもったの?」
「え、いや…なんか、仲いい女友達は、そうするもんだって。す、スキンシップだよ。
ちゅーしたら、なんかもっと仲良くなれるみたいな、さ…じゃ、じゃれあい?みたいな?」

ああ、もう自分でも何いってんのかよくわかんない。

「だからー、唯ならのってくれるかなー、って思ってさ」
「ふーん」

唯は、もう真っ赤じゃなかった。いや、気のせいかもしれないけど、なんか、そっけない?
いや、気のせいだよな?
唯は、私に向かって、ふふふ、といつもの調子で笑った。

「そっかあ。でも、りっちゃんと私、たくさんスキンシップしてるじゃん」
「え、まあそうだけど」
「そうだよー、今さらだよー。ちゅーは、だいすきな人とじゃないと」

もう、のらないからね?唯がいたずらっぽくいうのを見て、私はなぜだか、心にしこりが残った。何だろう。これは。
だいすきな人とじゃないと。
唯の、だいすきな人は、私じゃない。
あれ。なんか、痛い。
唯、じゃあ私は、だれとちゅーをしろっていうんだよ。
唯は、すでに階段を駆け上がっていた。あわてて、後を追った。

部室に入ると、梓がすでにいた。
「あずにゃーん!」
恒例行事。さっそく唯が梓に抱きついた。
やれやれ。唯は、やっぱりいつもどおりだな。
梓は、やめてくださいよ唯先輩、なんていいながら、振りほどこうとはしない。
唯は、それに気をよくしたのか、今度は頬ずりまで始めた。
白い唯の頬。
さっき、桜色に染まった唯の頬を、思い出した。
なかなか私とキスしようとしなかったくせに。
梓には、その可愛い頬を近づけて、密着させている。
昼休みのことが、またフラッシュバックした。密着した二人。
まだ頬ずりを続けている唯に、いつもはいわないくせに、そろそろやめろよ、って口を開こうとしたその瞬間。
唯が、梓に微笑みながら言った。

「あずにゃーん。ちゅーしよーよ」

「「へっ?」」

梓と声が重なった。
梓は唯に抱きしめられながら振り返り、私はただ呆然と唯の顔を見た。
唯はそれでもにこにことして、梓に頬をすり寄せている。

「にゃ!?何いってるんですか、唯先輩!」

フリーズ状態だった梓が、はじかれたように叫んだ。すると、梓の顔が少し赤らんだ。
思ったよりも、唯の顔が近くにあったことに驚いたらしい。
本当に近い。さっきの、私と唯のように。

「さあさあ、あずにゃん、観念するんだ!」
「にゃーっ!!!」

唇を突き出して迫りくる唯に、パニック状態の梓。
いつもなら、笑ってみている。いつもなら。
だけど、見ていられなかった。

「…唯、梓、とにかく席座れって」

叱ることもできなかった、私の弱弱しい言葉。
それでも二人の耳には届いたみたいで、はあい、と唯は今の騒動が嘘のように自分の席についた。梓は、しばらく落ち着かなかったが、背中を押して促してやると、大人しく座った。唯と梓。二人に挟まれたところにある席に、私も座った。
唯はまたのんきに鼻歌を歌いだし、梓は頭を抱え込んで机に突っ伏していた。
ここで空気を変えるのが部長だけど、今の私に、そんな気力はなかった。
だいすきな人とじゃないと。
唯の言葉が思い出される。唯にちゅーしよーぜっていったのは私。
唯がちゅーしよーよっていったのは梓。
いや、いいことじゃん。唯も梓も、ほら、軽音部の妹みたいなもんだし。
そのコンビが仲良くするのは、部長としても嬉しいし。
だったら-止めなければよかっただろ。私の中の私が、皮肉に笑う。
どうして、見ていられなかったんだろう。

「あずにゃん、油断禁物だよ~」
「ふぎっ!?」

はっと唯を見ると、わきわきと手を動かして、今にも梓に襲いかからんとしていた。

「ひっ、り、律先輩!」
「えっ、私かよ!?」

二人のじゃれあいを視界からシャットアウトしようとしていたけれど、あまりにも梓が不憫な目で見てきたから、しょうがなく唯の前に立ち、唯の肩に手を置いた。

「…唯、そのへんにしとけ」
「ぶー。やだよー、ちゅーしちゃうもーん」

梓が小さく悲鳴を上げる。何だよ、今日は何でそんなこだわるんだ。ちゅーに。
さっきの、せいか?
そういえば、唯の肩に手を置いて、そしたら唯が重ねてきて、それで、ちゅーを…。
今も、唯の肩に手を置いていることに気づいて、あわてて離そうとした。
でも、離れなかった。というか離さなかった。
離したら、梓のところにいってしまうんだから。

「もう!何なんですか唯先輩!いつもいつも!」
「いやー。あずにゃんと触れ合いたいんだもん」
「そ、それにしても今日は、そ、その、ちゅー…だなんて」

梓がまた頬を染めながら、うつむいた。唯はそれを見て、かわいいね、と呟き、そしていった。

「スキンシップだよう、あずにゃん」

あれ、この会話、どっかで。

「は、はあ!?何いって…」
「だからー、ちゅーもスキンシップなんだよ?じゃれあいっていうか」
「そ、そんなわけないじゃないですか!抱きつかれるならまだしもっ!というか、スキンって言っている時点で、間違ってますっ!唇は肌じゃないんですよ!?」

唯の言葉は、誰かを忠実になぞっている。

「ちゅーはスキンシップなんだよね、りっちゃん」

……私を。

唯の目を見られなかった。唯の、きれいな頬だけみていた。
唯に聞かれたんだ、何か答えないと。
でも、なんていう?そうだよ、って?だからお前らちゅーすりゃいーじゃんっ、て?
違うっていうか?そしたら。
じゃあ、さっきのちゅーは、なあに?
答えられるわけがなかった。
のどが固まってしまったみたいに、声が出ない。適当に相槌を打つだけの息もない。
唯は、特に返事は求めていなかったようで、するりと私をすりぬけた。

「ね、スキンシップだって。あずにゃん」
「うう…」

再び唯に抱きつかれた梓。居心地悪そうに見えるが、その目は唯の唇を捉えていた。
ちらちら、って何回も。
意識、してるんだな。
でも、私も唯の唇から目が離せなかった。
気持ちよくって、なんか、夢中になった、それ。
それを、梓にも味わわせるの?

「ゆ、ゆいせんぱい…」

困惑しながらも、どこか期待に満ちた目をした後輩に。
いってやろうか。
さっきの、皮肉な私が芽を出す。
なあ梓、私、何度も唯とちゅーしたぜ。お前が今、欲しがっているそれに、私のそれを、何度も何度も。抱きつかれるより、頬ずりされるより、何百倍も気持ちよかった。
絶対、あげない。

「ねえ~ん。だめぇ?あずにゃんともっと仲良くしたいよう」

梓は、うー、うー、とうなった。まるで、踊り場での、唯のように。
あまりのデジャブに、頭がくらくらする。
さっきのことを忠実に、なぞっていく。私の、目の前で。
やめろ――。

「ほ、ほっぺになら……」

忠実にはいかなかったらしい。このチキンめ。
でも、助かった。ふうっと、自然に安堵の息が漏れた。
いや、それでも。頬でも、あの唇を許すなんて、そんなの、嫌だ。

「こ、こら、二人とも席つけよ。」
「うおっ!あずにゃん、その気になってくれたんだね!」
「ほっぺですよ!?間違いなくほっぺだけですよ!?」

唯と梓は、私を離れて、体を密着させたまま、ゆっくりと顔を近づかせた。
唯、どうして?
確かにお前と梓が仲いいって知ってる。スキンシップ多いのも知ってる。
だけど――。
『す、スキンシップだよ。ちゅーしたら、なんかもっと仲良くなれるみたいな、さ…
じゃ、じゃれあい?みたいな?』
スキンシップ、だよな。踊り場でのことは、スキンシップだ。
でも、でも、それを、梓、いや私以外のやつらと、してほしくないんだよ。
なんだ。これ。もう少しで分かりそう、この気持ちが。もう少しで。

ちゅっ。

「遅れてごめん!」
「ごめんね、すぐお茶にするわね」
「「え?」」

梓の頬の上で、リップ音が鳴ったのと、澪とムギが来たのが、同時だった。
澪とムギは、唯と梓に目を向けると、すぐに固まった。
ほっぺにちゅーを終えた唯は、梓と目を合わせて、微笑んだ。
梓も、「もう、唯先輩は…」なんていってたけど、唯をみて、くすっと笑った。
今日、最悪のデジャブ。
昼休みの二人と、今目の前にいる二人が、重なって見えた。
その次の日から、唯は、私に一切スキンシップをしてこなくなった。
別に、喧嘩したわけじゃない。教室でも部室でもバカ話をするし、二人きりで行動することだってあるし。
澪達は、最初は私と唯の仲を心配したが、特に何の問題もないことが分かると、二人も大人になったんだろう、って勝手に解釈していた。違うっての。
唯は、私の肩にあごを乗せたり、肩を組んだり、抱き合ったりしなくなった代わりに――

「あずにゃーんっ!!」

代わりに、梓へのスキンシップがこれまで以上に多くなった。
梓も最初は、「最近何なんですか!?しつこいですよっ!」とかいってたくせに、最近は、もう、と照れ笑いを返すだけで、まるっきり抵抗しない。
それを見てますます唯は調子に乗るし。ムギはトリップしてるし。澪も、なんだかな、っていいながら微笑ましく見ている。
私も、澪の真似をして、やり過ごしている。でなかったら、私の席をまたいだ唯と梓のじゃれあいを、直視できなくなってしまいそうだったから。
私と唯とのスキンシップが減っても、軽音部は平和だった。
最初から、こうだったかのように。これが、自然であるかのように。
私と唯は教室の掃除で、部室に遅く行くことになっていた。
待ってるぞ、お茶の用意しておくわね、という澪やムギを見送り、掃除を始めた。
すぐに終わるかと思っていたら、思っていたよりも時間がかかって、いつのまにか窓の向こうには夕暮れが見えていた。

「なんか、部活めんどくさいなー」
「だめだよりっちゃん、皆待ってるんだから」

唯と部室への道を歩きながらぼやくと、何とも真面目な言葉が返ってきた。
何だ~?優等生ぶっちゃって!そうからかおうと思ったが、やめた。
どうせ、唯はスキンシップを返してくれないんだろうし。それに、だってあずにゃんが待ってるんだもん、とかいわれたら、すぐにでも帰りたくなると思ったからだ。
のんびり歩いていくと、階段に差し掛かった。踊り場。ドキリとした。
あの日以来、唯と二人きりでここにきたのは、初めてかもしれない。
隣の唯を見ると、唯も、顔をこわばらせながら、踊り場を見ていた。
『もう少しで分かりそう、この気持ちが。もう少しで』
あのときから止まったままの気持ちが、動き出そうとしていた。

「りっちゃん、早くいこう」
「え、あ、ああ…」

沈黙を破ったのは唯。少しずつ動き出そうとしている私の気持ちを置き去りにするかのように、一段飛ばしで駆け上がっていく。
私も急いで追いかける。唯は、振り切るように上がっていく。
何とか追いついて、唯のすぐ後ろに立った。
私も、唯も、踊り場に立っていた。

「唯」

背中を向けたままの唯の肩が、びくっと揺れる。
大丈夫。恐がらせたいわけじゃない。ただ、気持ちをはっきりさせたいんだ。

「あの日のこと……覚えてる?」

唯は、しばらく動かなかった。でも、こくん、と確かに頷いた。
嬉しかった。前は、唯に抱きつかれてばっかりだったけど、今は、唯を抱きしめたくなった。

「なんかさー、なんていうか、その、私ら変だよな、なんか。あのときから」

色々考えたけれど、やっぱり、あれが原因だと思った。唯が私に触れてこない理由。
梓のこともあるけれど、いってみれば、それだって、この踊り場でのことが発端になっているような気がする。
唯は、本当は、ちゅーなんてしたくなかったんだ。
ただ、私がスキンシップスキンシップ、ってうるさいから、優しい唯は、それに付き合ってくれていたんだ。

「唯。私、あのときのこと、謝る。ごめん」

頭を下げると、唯が勢いよく振り向いた。顔を上げると、唯は大きい目を更に大きくして、一心に私を見ていた。唯の口が、何か動いたけれど、声は出ていなかった。

「そりゃ、いくらスキンシップったって、ちゅーはないよな。なんで気づかなかったんだろ。ごめん、私に、気をつかったんだよな」

唯は何も言わない。だけど、私を熱心に見続けている。

「もう、ちゅーはしないよ」

私は、笑みを作った。もう、いい。唯の肩がきゃしゃなことや、桜色の頬が可愛らしいことや、何回でも重ねたいくらいに気持ちいい唯のふんわりした唇や、もろもろに。
恋焦がれるのは、もうしない。
唯がスキンシップをしてこなくなって、気づいたんだ。私にとって、唯とのスキンシップは、唯は、とてつもなく大きかったんだって。唯と梓のやりとりをやりすごしていても、少しずつ、傷ついていたんだって。

「でもほら他のスキンシップは、前みたく、してくれよ。いや、私も、したい」

ちょっと芽生えていた気持ち。でも、唯と触れ合うためにそれを犠牲にしなければならないのだとしたら。私は、涙を飲んで、捨てる。
唯、お前は、私にとって、何よりも、大切だから。

「………無理だよ」

唯の、似合わないか細い声が、私を貫いた。
唯は、うつむいた。あの日のように。

「…な、なんでだよ?スキンシップだって。そうすれば、ほ、ほら、梓とも触れ合わずに、ってごめん」
「……スキンシップじゃないんだよ」

唯は私の言葉に意も介さないように、ぽつりぽつりと続ける。

「スキンシップじゃないよ。りっちゃんにとってはスキンシップでも、私にとってはもう、スキンシップじゃない」
「……唯」

そんなに、ちゅーが、唯を傷つけたのか。
でも、私は、唯と、前のように、触れ合いたい。一緒に笑いあいたい。それも、無理なのか?

「りっちゃんにとっては、スキンシップでしかないんだよ。でも、私は」

唯は、顔を上げた。桜色の頬と、ほんの少し、涙を溜めた目が、愛らしかった。

「…スキンシップじゃない。りっちゃんと、触れ合うだけで、どきどきしちゃう。きっと、普通でなんていられないよ、だから」

え、ちょっと、待て。今、なんていった?

「だめだよ、りっちゃん。ちゅーは、だいすきな人とじゃないと。私は、りっちゃんのだいすきな人になれない」

『だいすきな人とじゃないと』
あれは、私に向けての言葉だったのか?

「だから、今までのノリとかで、りっちゃんと接することなんてできない」

唯は、言い切った、と言わんばかりに盛大に息を吐いた。
でも、また、思い出したように、ぽつり、と呟いた。

「私こそごめんね、りっちゃん。もう、スキンシップできなくなっちゃった。でも、あずにゃんに対してだったら、私、普通でいられ」
「勝手に話進めるなよ」

唯を、思いっきり抱きしめた。
唯が、息をのむ音が聞こえた。
唯の、華奢な肩を包んでいる。
唯の、綺麗な涙が光っている。
唯の、桜色の頬がそばにある。
唯の、唇が――。
気づいたら、唯の顔が目の前にあって。
唇が何かに触れて。
ちゅっ、て音が聞こえて。
そして顔が離れた。

「……分かった?」

私の問いに唯は、呆然としていた。

「確かに、最初はスキンシップだった。でも、唯、私、分かったんだ」

見つめる唯に、微笑んだ。自然と、微笑んだ。

「好きでもないやつに、ちゅーができるような人間じゃないんだって」

笑顔のまま唯の肩に手を置いた。

「唯も、そうだろ?」

唯は、数秒私を見ていた。すると、くすっ、と笑って、頷いた。
おかしいっていうよりは、嬉しくて。私たちは、しばらく、笑いあっていた。
昼休みの二人を思い出した。
じゃれていたんじゃなく、想いが通じ合っているから。
だから、嬉しくて、自然に笑えるんだ。
幸せだから。


「なー、唯、いいだろ?」
「うー、りっちゃあん…」

昼休み、今度は揃って呼び出されて、教室に帰ろうとしていた。
私と唯にとっての運命の日。結局、部活をさぼったら、澪達にばしばし怒られた。
でも、その怒りも早く終わった。

「やっぱり、お前たちは、そうでなくっちゃな」
「ええ。そうね」

実は、相当澪とムギを心配させてたんだって。後で分かった。
今まで以上に、じゃれあう、というかべたべたしあう私たちを見て、スキンシップの減った梓は、複雑な表情で見ていたけれど、あずにゃんは大事な後輩だよっ!と唯に頭をなでられると、もう、しょうがないですね、となんとなく納得したようだった。

私は、唯の肩に手を置き、ずっと催促していた。
場所は、踊り場。あの日以来、私と唯にとって、何よりも大事な場所になった。
何を催促してたかって?そりゃー。ちゅーですよ。
私に根負けして、唯は恐る恐る顔を近づけ、唇を合わせた。
やっぱり、気持ちいい。
物音が聞こえた気がして、唯とちゅーをしたまま、視線を向けた。
いつかみた、あの昼休みの二人だ。
ごめんなー、お前たちの場所、私らにとっても、大事な場所になっちゃった。
まあ、共同で使おうぜ?どこの誰か知らないけど。
二人は、顔を赤くして、去っていった。
感謝してるよ。
だって、あのときあれを見なかったら、唯への気持ちに気づけなかったかも。
唯が、胸をどんどん、と叩いてきた。酸欠か。
わるいわるい、というと、もー!と、頬を桜色にして怒る。

「唯、まだ、昼休みの時間、あるよな?」
「え?あ、うん」

私はにっと、笑っていった。

「唯ーちゅーしようぜー」


SS2へ続く

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