SS50
いつか
戦ばかりが続いていた時代のこと。
男は戦にかり出され、女が家事や国事を行うことが当たり前になっていたのだが…
そんな時代に三味線片手に旅をする少女が居た。
「ひ~ふ~み~よ~ご~は~ん♪」
少女は名前を唯といって、故郷に妹を残して出稼ぎ中の身である。
「次、そなたと我!」
唯の歌と三味線は“天下一品”というものでは無かったが、なんとなく人を集める不思議なものだった。
「おおっ。今日は良い出来だよ。これなら憂にお金を送ってもらわなくても生きていける」
演奏を終えて集まったお金を数えると、普段より多めだったようだ。
「「あっちで可愛い子が芸やってるって!」」
唯がお金を懐におさめ終えると辺りの人が大移動をしていた。
「今日は贅沢しちゃおうかな?久しぶりに鰻とか食べようか…」
「それじゃあ行くぞ!」
周りの人々の様子などさておいて唯が食べ物の事を考えていると、威勢の良いかけ声と共に鼓の音が鳴りはじめた。
「「わぁ!」」
さっきまで唯の演奏を聴いていた人が歓声をあげる。
唯が歓声を気にすると、鼓を叩いている女の子が空中回転をしていた。
少女の息をつかせない空中での連続技、時折見せるコマや傘を使った芸に人々は酔いしれた。
「凄い!あの子怖くないのかな?あ、今度は逆立ちした!」
気が付くと、同業者である唯自身も手に汗握って少女の芸を眺めていた。
「ありがとう~。ほんの気持ちで結構ですので、よろしければこちらに…」
結局、唯は芸が終わって少女がお金を集めだすまでその場を動かなかった。
少女は自分を中心にできた人の円をかごを片手にまわっていく。
「お、こんなに良いの?ここのお客さんは太っ腹だな。はい、そこのお嬢さんもどうだった?」
かごの中が溢れそうになってきて、遂に唯の立っている所まで少女が来た。
「…」
「あの…つまんなかったかな?」
唯は少女の笑顔に見惚れてしまっていた。
少女は無反応な唯に問いかける。
「え…凄く良かったよ!!」
「こんなに!?お嬢さん気前良いね。でも、これは貰いすぎだから…こんくらいでいいや」
少女が不安そうな顔をしたので、唯は後先を考えずに稼いだ銭を袋ごとかごに入れてしまった。
だが、少女はその袋から小銭を数枚とっただけであとは唯に返して次の客へと流れて行った。
「あは~っ。本当にここのお客さんは気前がいいな。これだけあれば随分旅が楽になるぜ」
「あの~…」
「ん?あ、さっきの気前がいいお嬢さん。どうかしたの?」
「いや、その…さっきの曲芸が凄く良くて、それで…私も旅芸人で…だから…その」
唯は帰り支度をしている少女に話しかけたが、緊張しているのか言いたい事をうまく伝えられなかった。
「ああ、同業者さんか。ここのお客さんは銭を惜しまないからお嬢さんも儲かったかい?」
「うん。普段の十倍くらい貰ったよ。これから何か美味しい物でも食べに行こうかと思って…」
「そりゃいいや。ちょうど良い時間だし…良かったら私も一緒に行って良いかな?あ、私は“律”って言うんだけど、お嬢さんの名前は?」
唯は神様に感謝した。今日は稼ぎも良かったし、なんて幸せなんだろうと。
「いや~、鰻なんて久しぶりだぜ」
「おいしいね。りっちゃん」
二人は鰻屋にて昼食をとることになり、同い年で同じ旅芸人ということもあって話のタネは尽きなかった。
「しかし、唯も苦労してるよな。私は天涯孤独みたいなもんだから良いけど。その歳で親が家を捨てちまって、妹さんを故郷に残して三味線一つで出稼ぎだもんな」
「何か…あらぬ尾ひれが…」
しかし、どこで間違えてしまったのか、律は唯が“頑張るお姉ちゃん“だと思ったようだ。
「…実は憂の送ってくれるお金で生活できてるなんて言えない…」
「ん?どうかしたのか?」
「何でも無いよ!」
結局、なかなか食べられない高価な食事だったが唯の頭の中は味よりも別の事で一杯になってしまった。
「ねえねえ、しばらくこの町で居るんでしょ?明日は一緒にやってみない?」
食事が終わって、別れ際に唯が律に提案した。
このままお別れは嫌だと思ったら…自然と言葉が出てきた。
だが、唯の誘いに律は困ったような顔をした。
「悪い。明日の朝にはここを発って次の町に行こうと思ってるんだ」
「そうなの?次の町って…私も一緒に行ったらダメかな?」
「…朝になったらすぐ発つけど、大丈夫か?」
律は少し考えた後、申し訳なさそうにもじもじしている唯に笑顔を向けた。
「大丈夫だよ!朝早いなら私寝ない方が良いかな」
「いや、旅するんだからちゃんと寝とけよ。そうだな、明日の日の出の時刻に街の西側の船着き場で会おうぜ。じゃあな!」
「え、りっちゃん!」
それだけ告げると、律は唯の静止を振り切って人ごみの中に消えていった。
唯も慌てて後を追ったが、律の方が圧倒的に足が速かったので追いつけなかった。
「はぁはぁ……りっちゃんて旅芸人になる前は飛脚だったのかな…」
走りつかれた唯は約束の明日に備えて早めに宿で休むことにした。
「楽しみすぎて眠れないよ。夜だから三味太も弾けないし…」
明日の支度を済ませて早目に床に就いたはいいが眠れない。
寝ないと明日辛くなると思えば思うほど悪循環で余計に眠れなくなっていく。
「水でも飲もうかな」
唯が水を飲もうと台所へ行くと、夜中のはずなのに人が大勢いた。
「宿泊者を全員起こせ!かまわぬ。抵抗する者が居れば斬れ」
何事かと思えば、武装した女達が宿の主人と揉めていた。
「何あの人たち…盗賊かな…!?」
危険を感じて唯は自室に戻ろうとしたが、その時に物音を立ててしまった。
「「貴様…よく似てるな。手配書にそっくりだ」」
物音を聞きつけた女達が唯を取り囲んで刃を向ける。
「貴様が”律”だな!よし、連れて行け」
「…え?ここ何処…」
殺されると思って放心状態になっていた唯が我に返ると、それまで居たはずの庶民的宿屋ではなく、立派なお屋敷のような宿屋が目に入ってきた。
「あの~此処は何処なんでしょうか?私はいったいどうなるんでしょうか?」
「さてな。我々の知ったことではないが、命まではとられないのではないか?」
「……」
身に覚えのない事で連れ去られて上に、殺されはしないまでも何かされる事は確定だと告げられて、唯は言葉を失った。
「ここで待て!しばらくすれば当主様がおみえになる」
宿屋の部屋で待たされる事半刻、階段を駆け上がってくる音がした。
「探したぞ律!」
その言葉が聞こえた時には、唯は知らない人に抱きしめられていた。
「あ~りつぅ~。会いたかったぞ。まったくお前は私をどれだけ心配させれば…って…あれ?律…じゃない?…うわぁぁぁぁぁ!!」
「何!?何なのこの人!?」
突然抱きしめられたと思ったら奇声を発して騒ぎ出したので、さすがの唯も気が動転して混乱してしまった。
「失礼、我が家の者がとんだ無礼を…旅の者と申されたな。よろしければお詫びもかねて今宵はごゆるりと」
あれからいろいろと揉めたりしたが、どうやら唯が無関係であることが解ってもらえたようだ。
唯をさらっていった者の主は秋山澪といい、東国の大名の跡取り姫君ということらしい。
「律さんて私に似てるんですか?」
この時点で澪が探しているのが昼間に出会った”律”であると、なんとなく唯は気が付いていたのであえて律と出会ったことは口にしなかった。
澪は律と聞いたとたんに顔をほころばせて流れるように語り始めた。
「似てるよ。寝る前の律は前髪を下してるからそっくりだ。あぁ、律…どうして居なくなってしまったんだ」
「大切な人なんですね」
自分の世界に入り込んでいる澪に当たり障りのないことを返す唯。
「なんてったって律は私の妻になるんだからな!律…私は律が忍びの鍛錬をさせられている時から10年以上律を手に入れる日を待っていたのに…」
―――絶対この人勘違いしてるよ―――
”律”と言う度に澪がきつく抱きしめてくるのが鬱陶しかったが、何か粗相をして因縁をつけられても困るので、唯は大人しくしてやり過ごした。
「急がなきゃ…もうとっくにお日様出ちゃってるよ!」
散々澪の律話しを聞かされたらお日様が昇っていた。
唯は慌てて元居た宿屋に三味線を取りに帰り、西の船着き場までの路を走る。
唯が船着き場に着いた時、そこに律の姿は無かった。
「りっちゃん…まさか!あの人達に…」
唯の脳裏に昨夜の迷惑な姫様達の顔が浮かぶ。
「あのお姫様に捕まって東国に連れて行かれちゃったのかな…」
もしかして律が来ないかなと辺りを見回しても、やっぱり律は居ない。
「その三味線…あんたが唯って娘かい?」
「はい?」
船着き場周辺を歩いていると年配の女性に声をかけられた。
「これ、名も告げないから何処の誰かわかんないけど、あんたにって預かったんだよ。確かに渡したからね」
年配の女性は唯に手紙を渡して去って行った。
「もしかして…また難儀な事に巻き込まれたり…」
怪しい手紙を恐る恐る読んでみる。
唯へ
昨日は姫様が迷惑かけて申し訳ない。
唯を傷つけるような事をしたら助けようと思ってたけど、無事で良かったよ。
さて、本題なんだが
約束破って悪いな。
唯と一緒には行けない。
知ってると思うけど…私はまだしばらく姫様から逃げないといけない。
今はまだ楽に逃げられてるけど、この先手荒な事をしてくるかもしれないから一人が良いんだ。
勘違いしないでくれよ?
唯に一緒にって誘ってもらった時、私は凄く嬉しかったんだぞ。
たった数刻だったけど、初めて友達ができたみたいで…嬉しかった。
私はもうしばらく西の方を流れてみようと思う。
そうすれば、いい加減姫様も諦めてくれるだろ。
だからさ、私のごたごたが片付いたら…唯の隣りで鼓叩かせてくれないか?
なんてな…
元気でな唯。
またいつか会える日を楽しみにしてる。
律
「りっちゃん…無事だったんだね。ちょっと遠いけど、私も西の果てまで旅してみようかな」
唯は三味線を片手に旅を再開した。
唯と律の二人がこの後どうなったのか?
数百年後の未来には何の記録も残されていないので定かではない。
ただ、たとえ再び相見えることが無くとも、繰り返す四季にただ一度きりの思い出を重ねて強く生き抜いたことだけは間違いないだろう。
「りっちゃんおぃ~っす」
「待ってたぞ唯。今日のおやつはシュークリームだってよ!」
end